「キップをなくして」(池澤夏樹)①

これこそが本当の学びの姿です。

「キップをなくして」(池澤夏樹)角川文庫

改札口でキップを
なくしたことに気付いたイタル。
「キップをなくしたら
駅から出られないんだよ」と
声をかけてきた
フタバコとともに向かった東京駅。
そこには「駅の子」として
通学生を守る仕事をしている
子どもたちが生活していた…。

一種の異世界迷い込み小説なのですが、
現実世界と完全に繋がっている、
改札口で仕切られた、
駅構内での異世界なのです。
そこには電車に乗っていていて
キップをなくした少年少女が集められ、
半ば幽霊のような存在として
通学途中の子どもたちを
電車事故やトラブルから
守っているのです。
ただし、本書を
単なる「異世界迷い込み小説」と
捉えるべきではないのでしょう。
ここには子どもたちの
本当の意味での学びの姿が
記されているのです。

子どもたちの本当の学びの姿①
自らを律していく生活

緩やかな支援はあるものの、
大人の管理や指導、
援助のない世界です。
いつ起きて、
どこで何を食べて、
何をして遊ぶか、
本質的には自由なのです。
しかし「駅の子」たちは
「通学生を守る」という仕事を与えられ、
それを確実に履行するために
自分たちで考えて
生活リズムをつくりあげているのです。

キヨスクでは何でも
ただでもらえるのですが、
だからといってお菓子やジュースを
いくつも手に入れようとする
子どもはいません。
「駅の子」たちは自然な形で
自らを律しているのです。
これこそが本当の学びの姿です。

子どもたちの本当の学びの姿②
自ら進んで行う学習

駅構内に存在しないものの一つが
学校です。
したがって「駅の子」たちは、
基本的には自学自習です。
年上の子どもが
下の子に勉強を教えたり、
書物を使って自分の興味のあることを
自発的に調べたりして
学習しています。
これこそが本当の学びの姿です。

子どもたちの本当の学びの姿③
他者を意識した集団生活

お互いに他者を意識して、
集団の中での自分の在り方を
考えながら生活しています。
途中で加入したタカギタミオが
自己中心的な言動を繰り返しますが、
それも「駅の子」たちとの生活の中で
次第に変容を見せていきます。
これこそが本当の学びの姿です。

狭い駅の構内(といっても
東京駅ですからかなり広いのですが)の
中での集団生活で、
「駅の子」たちはなんと
のびのびと生活していることか。
小説の中とはいえ、
教育現場にいるものとして
考えさせられる部分が多々ありました。

「駅の子」たちを見守る駅長の言葉です。
「人は社会の外では暮らせない。
 仕事をしないわけにはいかない。
 大事なのは、
 暮らしが楽しいことと、
 仕事がみんなの役に立つことだ。」

描かれている駅構内は、
社会の縮図なのです。

子どもたちが読めば、
きっとこの世界にすんなり
入り込めるのではないかと思います。
中学校1年生に薦めたい一冊です。

※本書は100%の
 児童文学ではありません。
 50%は大人のために書かれた
 ノスタルジック小説です。
 時代設定は1980年代後半、
 今から約30年前です。
 イタルは昭和51年生まれですから、
 今年2019年で43歳。
 ちょうど小学生の
 子どものいる世代でしょうか。
 描写もよく読むと
 懐かしいものがいっぱいです。
 おいしそうな駅弁の数々、
 改札の駅員の入鋏作業、
 寝台特急、青函連絡船、…。
 ケータイもスマホもなく、
 私たちの生活が無機質なものに
 囲まれ切ってしまう以前の
 日本の姿があります。

(2019.3.13)

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